新城での講座&鑑定会 → 湯谷温泉に宿泊 →★ からの翌日は11月29日。射手新月の日にはやっぱり冒険を!ということで、元気はつらつ☆みんなで乳岩峡→焼肉ランチ→鳳来山寺ツアーに出発です!
ここから渓流沿いの山道をどんどん登っていきます。登山口に杖がたくさんあったので、いざ装備っ。
川の水は澄みわたって、キラキラしています。
先日描いていただいた水晶読みの絵をまねしてみました。→★
そうです。右向いて大きな杖をもってる女性のまねです。きょうはこの絵のモチーフをあちこちでリアル表現することにしました。
ここらへんでだいたい半分くらいかなー。えええ?!あの岩まで本当にたどり着けるのでしょうか?!
うおおお!だいじょうぶかーーー!乳岩なので、乳ポーズ…(嘘です。ごめんなさい。貧乳ですまん…orz)
険しい坂道と、鉄梯子を何段も何段も登った先に、こんな絶景が現れました。自然の岩穴野崎に、山が見えます。ここが「通天門」と呼ばれる場所。実物はものすごい迫力です!!!すごいなーーー。すごいところだなーーー。これはすごい。。。
うおおおーーー!!!(撃った、射った、まね)
明日に向かって撃つのだ。命中だっ!
実際はこんなかんじです。(メイキング画像風)
いつまでもいつまでも居られそうなくらい冴え冴えした素晴らしいポイントでしたが、予定時刻をすっかり超えてしまい、そろそろ下山して、お昼ご飯にGO!
11月29日は「いい肉の日」でした。鳳来牛盛りだくさんの焼肉ランチをみんなで満喫です♪んまーーーい♪最高♪幸せです♪
お次は鳳来山寺へ。徳川家康の生母さんが、ここのお寺にお参りして子宝(家康さん)を授かった、という由緒があるそうです。
東照(家康公)神君のお父君であられる贈大納言廣忠卿が子どものないことを憂いて、お母君であられる北の方傳通院と御一緒に鳳来寺峯薬師へ御参籠され御祈願をなされたら、その証があって、ある夜、北の方傳通院殿(於代の方)は、『東 の方より老翁が来て、金珠を与えられる』という夢を見られました。それから間もなく北の方傳通院殿が身ごもられ、12ケ月過ぎ、天文11年壬寅年(1542)12月26日に御出産遊ばされたのが東照神君でした。」→★(鳳来山東照宮)
なるほどーーー。(きっと現在でも、子宝祈願の方が多く参詣されるのでしょうね)
徳川家康といえば「壬寅」というところだけ記憶があるのですが… いた!寅だ!
これは「寅童子」と呼ばれる起き上がり小法師です。
家康公が「寅の年、寅の日、寅の刻」に生まれると、鳳来寺の薬師如来を護る十二神将像のうち、寅童子と呼ばれる神の像のみ忽然と消え、家康が亡くなった年に元あった場所に戻っていたという逸話があります。
とのこと。ほえーーーー。「寅」ってことは、荒削りで勢いのあるパワフルなエネルギーの象徴。強い。決して守りに入ってるような人、ではないですよな。とかあれこれ想像。
東照宮。まっすぐ空にそびえる木々に囲まれた、重厚な気に満ちた凛々しい神社でした。
こちらはお寺。険しい岩山を背後に控えています。(起源は相当古いでしょうね。すごい!)
展望台からは、キラキラ輝く海が見えるんだよーーー!
おみくじをみんなでチェック☆の図 (わたしはここのところ、悪を成せば悪の報いを、善を成せば善の報いを。的なおみくじを連続して何箇所かで引いています。わたし、そんなに悪いヤツだったのか…そうか…やっぱりそうだったのか…www)
いっぱいいっぱいいろんな話をして、笑って(泣いた人も?!)笑って、あっという間の1日でした。ご案内くださったしえさん、ご一緒くださったみなさま、本当にありがとうございました。(またお邪魔したいので、今後ともぜひよろしくです!)
振り返ってみると、なーんと今年は愛知に8回お邪魔しました。(人生どこで何が起こるかわかんないですねー!)記録と記録をたどると、これがぜんぶ2016年中に起こったことだなんてちょっとにわかには信じられません。→★
この日も、いろんな野望やプランを語り合い、来年以降への種やアイデアがぎゅぎゅっと濃縮してきたのですが、すでにさっそく、もうこれらのいくつかは現実化して動き始めています。どうなることやら、おたのしみにです!