願いを強くイメージしたら実現すると言われる「引き寄せの法則」については、すでにご存知の方が多いでしょう。実際に「引き寄せの法則」を体感したことのある方はいらっしゃいますか?たいていは「強く願って、具体的にイメージして、そして忘れる」と言われていますね。
わたしは25才のとき「10年後には、一生ひとりで食っていけるババアになれるだけの技術を身につける」と心に強く決めて、その目標を最優先にだけ掲げて暮らしていました。たぶん、だいたいかなった、ような気がします。しかしわたしは今まだオバサン域で、ババア域には達していないので、この願いが完全にかなったかどうか、まだ完全には確認できないのが残念です。というかこれはそもそも「目標」であって「引き寄せではない」という気もします。
33才のときに独立開業しましたが、完全な成り行き任せの見切り発車で、先行きの保証はまったくなく、さすがに不安に駆られました。そのときには半泣きで「神様仏様悪魔様、もう恋愛中毒はまっぴらです。これまで恋愛に費やした膨大な(無駄な)エネルギーを反省します。これからはエネルギーをぜんぶ仕事に捧げますので、どうか!どうか!わたしのこれからの仕事をうまくいかせてください」と超!本気で祈りました。あれから十ウン年。これはかなりの精度でほぼかなった、ような気がします。え?これも単なる「目標」であって「引き寄せてはいない」ですって?!
うむむ…こうやって振り返ると、どうやら「他のことはぜんぶかなぐり捨ててもこれをかなえたい」というパターンがわたしの好みらしいです。(断ち物するのも好きです)そもそも「あれも、これも、ぜんぶほしい」という発想はないです。なにか願いをかなえるためには代償が必要だ、という発想には異議を唱える方も多いでしょう。ここらへんは解釈や好みが割れるでしょうが、わたしはあくまでまんべんなく平均的にいろんなことが手に入るより、偏っていてもリターンが大きいほうが好みです。
あ、もうひとつあった。40才で占い師としての活動を始めるときには、治療院の営業はそれなりに順調だったけれど「このままではもうこれ以上の展開はムズカシイ。狭い治療院の部屋に一生こもって、来る人とだけ会ってる生活は飽きた。もっとネットで言いたいこと言ったり、いろんなところに出かけて行っていろんな人と会う生活をしてみたいんだ!」というのが主な動機でした。ちょうど東日本大震災の直後だったこともあります。ダメならやめればいい。やりなおせばいい。いまできることはなんでもやってみようとおもった。これもたぶん、だいたいかなってるはずで、望んだ方向に少しずつ進んでいるような気がします。引き寄せてる、んじゃないのー?!
しかーし、いいことばかりはありゃしないのです。「叶えたいこと」リストとして手帳に書き込んだまま叶わなかった願いの黒歴史もたーーーくさんあります。ここでは書くのもあほらしいものだらけだ。例えば公開しても害のなさそうなものをピックアップすると…
「○○のパワスポマップを作りたい」⇒ぜんぜんダメ。行けもしないのにどうやってやるんだ。
「囲碁か将棋をやりたい」⇒ぜんぜんかすりもしない。勝手にさっさとやれよ、という話だ。
ほかにもいろいろ…いやしかしさすがにこれはないだろレベルのものばかりで…orz
やれやれ…そもそもこのあたりは、そんなにやりたいなら別にわざわざそんなところに悠長に書き出してる前にさっさとやれよ、という話ばかりでした。あとは「宇宙旅行に行きたい」レベルの無理すじばかり。手が届きそうな願いでこの手のものは、実際の行動はまるっきりなにもしてないですね。ダメだこりゃ。
よくわたしが意地悪で言うのは「ノーメイクでぼろぼろのジャージ着て家でごろごろしていても白馬の王子は来ないよね」というのと同じレベル、「いつか小説家になって芥川賞を取ってやる!」と言いながら、脳内妄想だけで一行も書かない人と同じレベルでしょう。こりゃだめだ。
人は宇宙の一部であり、人の思考は宇宙の一部なら「思考したことは実現される」「イメージは現実化する」といったタイプの発想の源流は、キリスト教の一派ニューソートという思想にあるらしい、と最近わたしは知りました。へええーーー!そうなんだ。宇宙か…(遠い目)ちょっと扱えませんね。わたしは「宇宙はどこにあるの?」と周り中の大人に聞いてまわって嫌がられたかわいくない子供でしたしな。宇宙か…結構、というか、ずいぶん、かなりスケール大きいですね。
乏しい経験からの個人的な感慨としては、自分の頭で考えてこねくりだした願いはかなわないなーとか、特定の相手を何とか動かしたい!的な願いはかなわないなーとか、そういう気がします。なんなら「ぜんぶ宇宙にお任せ」というのもありなんですが、その結果が自分個人の願望とマッチするかどうかは、果たしてそれこそ宇宙のみぞ知る、でございます。なにがでてこようが、宇宙のお任せメニューを引き受ける気概があれば、宇宙はどどーんとなにかを放ってくれるかもしれません。なにがでてくるかはわかりませんが。(天海玉紀)
2017年6月15日追記
ついつい書き始めたら止まらなくなり、だいぶこってりとした続きを書いてみました。