1/23 レポ其の5「禄存星・司禄星」の巻

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陽転している禄存星・司禄星型のみなさまの懐の深さや、常に変わらない確実な安定感には、いつも感嘆するばかりです。これまで、どれだけ助けてもらってることかわかりません。ありがとう。ありがとう。大好きだ。ありがとう。

そんなみなさまのことがとても好きだし、これまでもこれからもとてつもなくお世話になってる/なるのに、ときどきどうにもこうにも… 毒吐き悪口を言いたくなる調舒星たまきです。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。でも、いい機会だから、多少デフォルメかけておおげさに言ってみましょう。れっつらごー!

「だいたい禄存も司禄もさーーー、やることが後出しジャンケンだよね。要するに、ブラックホールだな。なんでもかたっぱしから吸い込むだけ。特に司禄!!!せっかく鑑定に来てくれてるのに、ご自分のことは一切言わない。何が問題で、何が欲しいのかも言わない。ご自分はじーっと黙ってて、こちらが自分の思い通りのことを言うまでじーっと待ってるだけって、とても用心深いからなんだろうとは思うけど、いくらなんでも、それは時間とリソースの無駄ではありませんか?ご自分のお望み通りのところにこちらの話がヒットしなければ満足できない、と言われるのはこちらの落ち度。それは仕方ないとしても、たとえご満足いただけたとしても、それさえ言わないで帰るとか?!いったいどうなってるんだ?!ごめん、わたしにはまるっきり意味わからん…」(by ブラックたまき)

そんなかんじです。とにかく「受け」る側に回る。禄存型の人の方が、その場の要望に応じてわかりやすく自分からアクションしてくれることが多い(その場を円滑に回していくためのサービスとして、ですね)ので、わかりやすいし、こちらも対処しやすいし、お付き合いしやすいんですが。しかし、あの方々も大げさに話は盛る傾向はあるし、約束しても忘れるし(まぁそれがわたしにとっては気楽でいいんですが)、なんといっても八方美人だし、それなのに束縛はしそうだし、その輝く華やかなお姿を遠くから見て、たまに会って楽しむにはいいけど、いつも近しくそばでお付き合いするとなると、重くてくたびれそうだよねーなーんって、わたしは感じます。(ははは。禄存星ぽく盛ってます。個人の感想です。許せ!)

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今回の講座のあとで、宝積藤華さん=ふじか様から解説とご感想をいただきました。なるほどーーー!そうか。そうだったのか!おかげさまで、ずっとわたし自身が抱えているこのモヤモヤが、すっきりしました。ありがとうございます!!!

でもみなさまにご紹介する前に、まず専門用語の解説が必要ですので、まずはちとお付き合いください。いっけんカタカナ言葉で難しげですが、要するには「だいたい雰囲気で察してね」vs「伝えたいことははっきり言ってね」という違いです。

ハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化

ハイコンテクスト文化
聞き手の能力を期待するあまり下記のような傾向があります。

  • 直接的表現より単純表現や凝った描写を好む
  • 曖昧な表現を好む
  • 多く話さない
  • 論理的飛躍が許される
  • 質疑応答の直接性を重要視しない

ローコンテクスト文化
話し手の責任が重いため下記のような傾向があります。

  • 直接的で解りやすい表現を好む
  • 言語に対し高い価値と積極的な姿勢を示す
  • 単純でシンプルな理論を好む
  • 明示的な表現を好む
  • 寡黙であることを評価しない
  • 論理的飛躍を好まない
  • 質疑応答では直接的に答える

※ 参考サイト
http://www.pan-nations.co.jp/column_001_006.html

ふじか様ご自身のお言葉で説明してもらうと、つまりこういうことでございます。

司禄禄存がハイコンテクスト文化、「察してケロリン」のニュアンス、あいまい文化でございますー。
外人はローコンテクスト文化、言葉がすべて、きっぱりはっきりで。

そうかーーー!!!そうなんですよね。人間関係のいろんな摩擦は、こういう認識の違いから生じるのですよ。どっちかだけが正しいわけではないし、もちろんどちらかだけで生きてる、という極端な例も少なくて、どなたの中にも両方の要素があって、両方つかいこなせるのが理想なんでしょうけれど、もともと日本のカルチャーはハイコンテクスト「察してね」が重んじられてきたし、「察する」「空気読む」ことが大切なのは明らかでしょう?

例えば、はっきり言わないとわかんないよ!派は、八雲あかねさん→★ や、わたしです。ローコンテクスト型。相手が本当に言いたいことを言外にふわっと雰囲気で漂わせてこられても、たいがい理解しません。「で、結局何なの?」とか聞きますよ、わたしは。躊躇無し。容赦無しです。ごめんなさい。はい。そういう仕様なんです。

いっぽう第3弾にご登場くださった三角さんは、ぜんぜんブログや文章はお書きにならないそうで、それでも口コミだけでお客さんがいっぱいお越しになられるというんだから…すごい。ふじか様と同じ系統ですね。

いや、いちおう日本社会に生きてるので、わたしも少しは「察する」フリもできます。でも、その意図にもし気付いても、直接的にはっきり伝えられない限りは、気づかない振りをしてスルーすることが多いです。お仕事の時だけはいちおうできるだけ察するようにはしますが、はっきりいってそういうコミュニケーション方式が苦手です。すまん。(あいまいムードゼロですわな…お色気ゼロ…orz)

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ふじか様は、まるっきり逆です。日本型のハイコンテクスト「察してね」文化の高度な使い手であらせられます。だからこそ、大企業の厳しい環境のお仕事や、複雑で難しい人間関係の網の目の中でも、しなやかにたくましく荒波をくぐって活躍なさっているわけです。

ところが… 人生にはいろんなことがあるよね。ふじか様は、お勤め先でのお仕事の部署やジャンルが、ここのところ大きく変わって、悪戦苦闘中なのだそうです。

これまでの業務や日々のスタンスが上記リンクの「コンテクスト依存型」なのに、今関わっている業務は大半外人テイストの「ローコンテクスト文化」なわけです。

実際今日も、辞めた外人から引き継いだ業務に対してGlobalのエライヒトから問い合わせがあり。

その問い合わせに対して、そのまま状況を回答しようとしたところ
「まずはその部分の仕事は前任者がやっていて、自分がやったわけではない。」と説明したうえで、「でも引き継いだ後の私の確認が足りていなかった。」とメールを書くように、とアドバイスを頂きました。

むむむーーーーん。つまり、辞めた外国人前任者の業務に不備があったんでしょうか。おつかれさまです。大変でしょうけれど、それだってしょせんは前任者のやったことでしょ?と、門外漢&外野としてはおもいます。

「わたしはここに異動してきたばかりですが、なんと。前任者がそんなことだったんですか!?」ってのがそのまんまの事実ではなかろうか? ふじか殿は悪くない。 ← これたぶん、ローコンテクスト的発想。

さらに「アドバイスを頂きました」となだらかに丸めて書いてあるけど、その引き継をひっかぶって、ふじか殿は迷惑被って大変だったんじゃないの?!おつかれ!(これは妄想?ってか、こういう使い方が「察する」ってこと?あってる?!…爆)

司禄禄存的には、受け取っちゃった以上、ふんわり全部自分の責任だな、と思ってExcuseにみえる説明をすることは全く!思いつかなかった。
全部飲み込んじゃうんですよね。

ああでもExcuseではなく、そこはニュアンスを読み取るのでもなく、責任範囲を区切っていく必要があるのね。。。としみじみ。

ひえーーーー。そうなの?!大変。わたしそういうの無理。ごめん。それって思いっきり日本のカルチャーっぽい。個人として言いたいことは全部飲み込んで胸にしまって、いろんな事情に不本意ながらも従って、長いものに巻かれて大きな組織のルールに従って生きていく、というSMAPの会見を思い起こしてしまった。すまん。。。20150513204716

それこそあの日、龍高星女子がおっしゃってたように、あくまでクールに「そうでしたか。わかりました。善処します」と答えてもよい案件なんじゃなかろうか。外国人カルチャーの中で、外国人を相手にしているならなおさら。

ふつうの人間のキャパシティは、そもそも、そうやってなにもかも全部飲み込むことはできないわけだけど、飛び抜けて能力がある個人がそうやって問題を飲み込んでしまうことはありますよね。でも、もしかして、そうやって過ごしていると、いつか、ふじか殿が異動していなくなったあとに、逆に周りの人が途方に暮れて困ってるケースが出るんじゃないの?!なーんて、邪推したくなるへそ曲がりのわたしです。

さらに意地悪い読みをすれば、苦しい状況も理不尽なことも、ぐっとこらえて全部飲み込んで、やせ我慢して笑顔を見せて頑張れるのは、自分の能力や重要性をみんなに認識してもらうためでしょう?つまり、わたし頑張ってる!すごい!みてみて!ほめて!という承認欲求こそが、禄存・司禄的な行動原理や要求だからだろうと裏読みしたくなるのです。

それは大運で石門がまわってきているし、線引きしたり明確化したり、そして自分はどう考えるかをクリアに表に出していったりする、必要性なのかお役目なのかがきているのでしょうね。

そうだそうだ!「食べるのに困ってる人に魚そのものをあげるんじゃなくて、魚釣りの方法を教える方が大事」的な話を思い出しました。善悪もなにもかも関係なく包まれることの大切さはもちろんあります。でもお互い生身の人間。相手のなにもかもを抱え込んで、いつまでもずっと面倒見続けるのは不可能だし、そもそも相手がそれを望んでないケースだってたくさんあります。(それはそれでお世話する側としては傷つくんでしょうなー。難しいですなー)

自分とはまったく違う、独自の存在や個性としての相手を尊重する(ときには突き放す)中にもいいことたくさんあります。わたしとあなたは人生の中で互いに共感、共有できることがあっても、結局全ていっしょになることはできないけど、それでも手をとって協力し合うことは可能です。「わたしはわたし・あなたはあなた」志向は、決して冷淡なだけではないです。と、ここは声を大にして強調したい私であります。

そして、どんなに叫んでも叫んでも、その言葉は禄存司禄型のみなさまのにこやかな笑顔や、沈黙の間に吸い込まれていくだけの(ように感じる)ことがほとんどなのですが…(笑

お庭wですが。
司禄的にはすんなり説明しやすいのです。平たい、みんながキャッキャウフフしに集まってくるところ。どうぞ楽しんでいってね、って感じです。
ひとに提示できる「自分」。

そこは大きく開けておかないと、ひとが集まらなくって、土性のよさが生かせませんからねえ。うふふ、って笑って大きく開けておきます。(歯を食いしばってるところは舞台裏なので見せませんわ、ふふふ。)

次はそこに自分でテーマを作って提示、なんでしょうねえ。

そんなこんなで、自分に対しての理解と、今来ている石門大運(次は貫策か、、、)についての自分なりの考察ができた、貴重な機会でした。ありがとうございましたm(__)m

そうかー。ふじか様におかれましては、ちょうど石門→貫索の大運の真っ最中なんですね。なるほど。(こうやって誰しも、自分のもともと持ってない星の特徴を人生の中で体験して、生かしていく必要が出てくる時期があります)

ふじか殿がすでに備えている底なしの巨大な器パワーに、自らの意思という貫索・石門力が加わったらいったいどんな凄いことになるんだろう?!ますますバージョンアップするふじか様の進化に目をみはるばかりです。

ということで、ふじかさまには、今回まったく仕込み無し、ぶっつけ本番の無茶ぶり多数で、いろいろご負担をおかけしましたが、さすがの受け止め力。みんなの想像をはるかに上回る豊穣な世界をかいまみせていただくことができて、本当に感謝しています。ありがとうございました。また機会があったらぜひともよろしくお願いします。

※ ふじか様のコメントはこちらにもUPしてますよ! →★

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おまけ。

おそらく、日本的なグループの優れたリーダー気質とは、自分が華やかに先頭に立って大きな声で号令をかけて人々を導くのではなく、奥の目立たないところから、全体の総意と方向性をうまーく一体化するように誘導する力ではないかと想像しています。

このあたりは、先日Upした第3弾レポの「貫索石門×禄存司禄」→★ のあたりと合わせて、よーーーく考えてみたいテーマです。両立し難い要素をなんとかやりくりしていこうとする相剋の葛藤や衝動はとても重要です。何度も繰り返しますが、算命学での「才能星」というのは、基本的に他から強く剋されてる星のことです。このあたりはまた次回以降も探っていきましょう。

ふじか様、ようこさん、ご参加のみなさま、ここまでこの重厚なレポにおつきあいくださったみなさま、このたびは本当にありがとうございました。みなさまのご協力なしでは絶対に成り立たないこのシリーズ、おかげさまで無事に今回も終えることができました。心より御礼申し上げます。

「禄存星・司禄星」レポ 第1弾 →★
「禄存星・司禄星」レポ 第2弾 →★
「禄存星・司禄星」レポ 第3弾 →★
Interlude 〜間奏〜「禄存星・司禄星」の巻 →★
「禄存星・司禄星」レポ 第4弾 →★
「禄存星・司禄星」レポ 第5弾

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