2018/08/03「型」を破る〜守・破・離

もともとわたしは鍼灸師です。2001年から3年間、新橋にある非常に繁盛している治療院で働いていました。目が回るくらい朝から晩までたくさんの患者さんに接し、超やり手のボスに飴と鞭でこき使われ(ピーーー!)後輩は入ってきてもどんどん辞めるのでいつまでも下っ端のままパシリでもありました。

最初は全てが目新しくて刺激が強くて、人目を忍んで何度かぶっ倒れ、ただただひたすら辛いだけだったのですが、数ヶ月経ってようやくわかってきたことがありました。「患者さんにはだいたい一定のパターンがあるんだ!だったらAパターン、Bパターン、Cパターンみたいにあらかじめ定型の対応策を作っておけばいちいちゼロから考えなくていいんだ!」と。(いや、その、あの、そのことに気がつくのが遅かったともいえる…orz)

突発性難聴、めまい、腰痛、肩こり、頭痛、不眠など症状で分けるパターン、若いエリート会社員、中高年の経営者層、公務員、OLさんなど属性で分けるパターン、喋りたい人、黙って寝たい人、威張りたい人などこちらへのアクションで分けるパターン、定期的に通いたい人、気まぐれに来る人、いつもギリギリに来る人などの来院パターンなど、いろいろな場面でのいろいろな切り口から、ひとつひとつ経験を積み重ねながら「こういうときはこうする。こう返事する。こうすると喜ぶ」など、試行錯誤の結果をひとつひとつ自分の記憶の中にデータベースのように整理して貯めていきました。

パターン分類するからといって、一律に同じ対応にはなりません。同じ人でもそのときによって違うこともあるし、似たタイプというのはあっても、ふたりとして同じ人はいない。だからまずはパターン対応をしながらも、できる範囲でその人に合わせてカスタマイズしていくことを心がけました。なんとも不思議なことに、そうやっているうちにだんだん「こういうときはこうする」という対応が、なにも考えなくてもぱっと出てくるようになりましたし、仕事も勝手に体が動いてやってくれるようになってきました。(それでもやっぱりハードでしたけど…)

そこまできてようやく、ああそういえば、それまでにたくさんやってきた接客のアルバイトだってぜんぶ同じじゃないかと、30歳近くなってようやく気がつきました。たくさん経験を積むうちに、だんだん考えなくても自動的に体が動くようになる。これは別に特別なことではなく、あらゆる仕事や活動が上達するためには、繰り返して身につける努力が必要なのだと、だんだん心から理解できるようになりました。あらゆる分野のエキスパートに対して、敬意と関心を寄せるようになりました。

 

いわゆる「強い星がある」「自我が強い」と言われる人に現れやすい典型的な図。

そうなんです。ちなみにそれまでのわたしはアタマでっかちで、理論先行型。頭でわかっていても体が動かない、行動に移せない、言い訳して自分をごまかしているような自意識過剰の単なるヘタレだったとつくづく恥ずかしくなりました。いまでもそういうところありますけど、自分に鞭打って活動あるのみです。(経験不足のわたしは、つまりこの図のような状態「妄想勇者」と命名しているような状態だということです)

社会の規範や他人からの要望に合わせすぎて「じぶんだいじに」が足らなすぎて疲れてしいまう人の典型的な図。(黄色か黒はどちらかだけの場合もある)

最近よく語っている「五要素ライフサイクル」では、それぞれの要素の組み合わせや強調される場所、弱い場所から典型的に出て来やすい問題やテーマを図式化して説明することが簡単にできます。鑑定やご相談として持ち込まれるテーマの多くには、だいたい一定の「型」があります。あらかじめこのような「型」や、典型的に現れやすい癖を知っておくことは、個人の問題や相性、多くの人が日常生活や人生でぶつかりやすい壁を考えるにあたってけっこう役に立ちます。わたしたちが人生で出会う複雑な問題の数々も、さまざまな「型」が重なり合ってできている場合がほとんどですし、実際の鑑定の現場では、さらに複雑に「型」が絡み合った問題を読み解いていくことになります。

そうそう。「型」といえばこれ。日本の芸事ではよく「守・破・離」と言われます。まずは「型」を学んで「型」を守り、そのうち「型」をより良くするために「型」を破り、ついには「型」を離れた名人芸となる、という流れは「守破離」と呼ばれるそうです。

この世に完全な「オリジナル」などないと思っています。そもそもの「型」がないのに「型」を離れることなど出来ません。わたし個人はあちこちで結果的に「型」を破る人間ではありますが、「型」なしは不安も呼びやすく、自分勝手に簡単に堕するので嫌いです。例えば陰陽五行という「型」を破るのは大変難しい。そのくらい歴史的に古くて強固な「型」ですが、解釈は古代のままでなくてもいいと考えています。「型を破る」ためには、逆説的なようでもまずはきちんと一定の「型」を学んで「型」をしっかり身につけるのが王道だというのがむずかしいところです。(天海玉紀)