2017/07/14 魅せられて。

算命学を絶賛!お勉強中の柘榴さんが、こんなことをつぶやいていました。

なるほど。そうでしたか!よかったです。どうやらご自身のまわりの人をかたっぱしから調べてみたご様子です。おもしろいですよね。わかります。これは本当におもしろい。占いの勉強がおもしろくてたまらなくなる人がみんな通る王道そのものですね。

いろいろ誤解を招きやすいポイントですが、算命学でいう○○星、というのは、ぜんぶ抽象的な概念で、実際の星ではないです。西洋占星術のように、その人が生まれた瞬間のホロスコープに、誰でも等しく10天体(それ以上もいろいろ)が配置されているのとはそもそもの発想が違います。(占星術で「わたしには土星がない!」「わたしは火星が3つあるよ♪」なーんて事態はおかしいですよね)だから「わたしには調舒星がある」とか「わたしは強い星ががない」といった言い方が出てきます。

もともと理想的な「中庸」に近く、バランスよくさまざまな要素を持っている人はいるけれど、特に占いにおいでくださるお客様や占う側には「生まれながらには中庸ではない=著しく偏ってる、(我が)強すぎる、(我が)弱すぎる」人が多いです。このことを自覚するときには「ないものはない」「持ってる強みを生かそう」という発想が役立ちます。そのうえでようやく、もともとないものはないのは仕方ないけれど、時期や環境に応じて足らないものを仕入れたり、苦手な分野のやり方を学習してバランスを取ろう、という技がつかえるようになります。

そもそも、まずはありのままの自分のリソースを自覚することがだいじです。しかしまた自分を自覚する、というプロセスはなんと難しいことか!自分ひとりで、自分のことはわからないのです。占いを学び始めた最初のうちは、ご自分やご家族の命式やホロスコープを眺めて考えることは楽しく、それだけでいくらでも時間を費やすことができます。いつまでも自分語り、それもまた楽し、という時期も必要でしょう。そしてそこで満足できたなら、その方にとってはもうそれで占いの勉強はじゅうぶんなのかもしれません。

さらに、人間や人生の不思議に魅せられて「おもしろい!もっと!見てみたい!」となって、ひたすらお誕生日ハンターになって周りじゅうの人の命式やホロスコープを読みまくり、あちこちの友達に練習台になってもらい、飲み会ではかたっぱしから手相を見させてもらいまくったり、それでも足らなくて実践読み会にどんどん出ていろんな人の図を読ませてもらっていろんな話を聞かせてもらって、さらに時事ニュースを見て気になれば登場人物の誕生日を探してチャートを立ててはそのニュースの背景を推測したりしはじめて、あれこれ実践と研究を積み重ねた方々は、いつのまにか、すっかりわれわれのお仲間になっていたりするわけです。(天海玉紀)


と、ここまでがお店日記にUPした分ですが、そのあとさらにご感想が届きました!感謝。ありがたく拝読しました。

よかった!柘榴さんの司禄星は、本音炸裂のシャープな調舒星テイストをやわらかく包んで、その身を守ってくれていることでしょう。これからもぜひぜひ研究と研鑽を深めていきましょう^^

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