2017/03/30 星に願いを(インナーチャイルドカード講座3日目レポ)

3月のいちばん大きなお仕事は、インナーチャイルドカードの講座(全3日間)でした。小アルカナ編と大アルカナ編、ここまではこれまでにも開催したことがあって、資料も作成済みですし、ヤマになるところもだいたい想像がつきます。あとはご参加のメンバーさん次第、ということで、当日は実習を交えながら、一枚ずつのカードをベースに構成して、最後に実践練習という形式で進めていきました。熱心にご参加くださったみなさまのおかげで、全日無事に楽しい時間となりました。ありがとうございます。

いちばん悩ましかったのは「実践編」と題した最終日でした。スプレッドの種類やセッションの進め方など、テクニカルな方向からのアプローチにするか、「そもそもセッションって何か」「セラピストとしての心構えと姿勢」といった概念的な方向からのアプローチにするか、最後まで悩み抜きました。「コスパ」「最短で最高の成果」を求めるイマドキの需要や流行りに従うなら、明らかに前者を選択するべきでしょう。「あなたも3日間でセラピストになれる☆」と言うべきでしょう。しかしながら、どうしても私はそういうノリになじめません。3日間で知識と情報は手に入るでしょう。しかし実力と実績までは手に入るはずがないです。愚直にやります。今回だったら、例えば『医学モデル』『成長モデル』『教育モデル』について解説して、全体の歴史や背景、それぞれの意味や出来事などをできる限りお伝えしたのちに、あとはご自身が良いとおもう考え方ややり方を選んでいってください」という話し方をすることを選びました。

今回は全体的に、ソード(つまり風のエレメント)に苦手意識を抱く人が多かったようにお見受けしました。「自称・ソードのクイーン」を目指すワタクシとしては、世間で広くソードが悪者扱いされている状況は、たいへんに残念なことです。刃物はちゃんとした使い方をすれば大変有用な道具です。刃物が悪いわけではない。刃物だけぶんぶん振り回して自慢するのはアブナイ行為です。刃物で誰かが傷つくなら、たぶん使い方が下手なのです。ソードが象徴する「考える」とはひとり脳内で悶々とすることでは断じてありません。また「考える」とは、自分に利益を誘導するための方策を練ることでもありません。「考える」とは、自分に直接関係ないこと、自分とは直接つながりのない世界へのつながりをつくるきっかけです。「考える」とは、自らの利害に関わらずものごとの全体を俯瞰したり細部に分けいって観察すること、ものとものの間に共通性や違いを見出して弁別すること、自分自身が世界の中でどのあたりにいるか(世間的な価値判断とは別に)冷静に認識すること、ソードが象徴する理性や客観性とはそういった能力ではないでしょうか。

左はインナーチャイルドカードの「Wishing upon a star」 右はトリプルゴデスカードからの「ハートチャクラ」

最後にそれぞれにとってのメッセージとなる大アルカナ1枚引きをしました。それぞれに重要な意味をもつであろうカードがみごとにドンピシャで現れていました。そこにわたしも乗っかって引いてみました。出たのはこれ。「Whising upon a star」つまり「星」でした。そうかー。星かー。目的地はまだどこだかもわからないような遥か彼方。旅はまだまだ続くのだなぁ…とひとしきり無口になりました。

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明け方の空に、眩しい超新星☆が輝いているのに、この人はじっと内面の井戸を覗いていて、何が起こっているのか気がついていません。金貨?種?何かの種を井戸に落としています。種は沈みます。どこまでもどこまでも沈みます。あれ?植物の種ではないのかもしれません。どこまで沈むんでしょうね。わかりません。井戸が深ければ深いほど、祈りは遠くまで届きます。星はこの人の生命よりずっと長く輝きます。この種の意味は、きっと、この人だけの単なる個人的な祈りではないでしょう。朝が来たら、何事もなかったように、この人はふだんの生活に戻ります。(2016年4月16日)
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2016年の4月(つまり2年前)に、わたしはまったく同じ組み合わせのカードを引いていました。そのとき記録したのがこちら。時間は流れて、周りの風景は変わっても、いまも感じることはほとんど変わっていません。考えて考えて考え果てた末に、最後は祈るのです。いま、世界にはたくさんの花が咲いています。もうすぐ4月ですね。(天海玉紀)

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