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2017/03/10 にんげんだもの

あれはもう15年くらい前でしょうか。「あなたも3日間で治療者に!」でかでかと垂れ幕を掲げた学校を見て驚きました。そうなんだ。3日間でなれるんだ。こんなにたくさん勉強して、実際の患者さんとの間で苦労して、それでもまだまだだと思っているのに、3日でなれるって言っちゃうんだ。すごいな。でもそのくらい言わないと生徒が集まらないんだろうな。そのときまだわたしは治療者としてはまるっきり駆け出しペーペー状態でしたので、大変複雑な気持ちになったのを覚えています。

ぜんぜん話は変わりますが、類人猿と人類の違いはどこにあるのでしょうか。類人猿のボノボは、高度な知能を持ち、言葉(に類するもの)で、人間とコミュニケーションをとることができます。チンパンジーも絵を描くそうですが、何かのテーマについて描きはしない。つまり「象徴」(あるものが別のものを意味する)の概念はないだろう、といわれます。人間は「象徴」を理解し、過去や未来といった時間の流れを理解し、「物語」や「歴史」を持ちますが、チンパンジーにはそうしたものはありません。

しかし共通点もたくさんあります。心を病むのは人間だけではない。チンパンジーも心を病むそうです。うつ、自傷、ひきこもり、DV、トラウマ、PTSDなどが報告されており、現象や症状は人間と大差ありません。主な原因としては、人工保育(チンパンジーとしての社会性や行動様式を学習しにくい)、外的な環境の急激な変化、対人(ならぬ対チンパンジー)関係で攻撃されたり孤立するなど、人間にもそのままあてはまりそうな状況です。さらにおもしろいことに、群の中にもお節介焼きのヒーラー役がだいたいいて、グルーミングや慰め行動をして回るそうなのでして、そういう個体は群の中での地位は決して高くない、というあたりも人間社会と同じです。

チンパンジーにとっては現在進行形での「いま、ここ」が大切です。過去や未来を思い悩むことはなく、「いま、ここ」で元気にご飯を食べることがだいじです。チンパンジーの生活では、集団で周囲と良好な関係を築き、居心地の良いポジションを確保することがなにより大切なので、群れの序列やつながりといった濃密な関係性の維持は最大の関心事です。人間は動物の一種ですから、人間とチンパンジーとの境界はきっとなだらかなグラデーションで、違いをはっきり切り分けることはできません。人間もチンパンジーと同じようなことで悩みます。周囲との良好な関係性を維持し、日々変わらず目の前のご飯を食べられるかどうかに悪戦苦闘し、平穏でなにごともない(ようにみえる)日常を続けるために大きな労力をはらっています。

現代の日本では、右肩上がりで社会が成長する見込みがあって、明日は今日より必ず豊かになる、良くなる、と信じられてきた時代はとっくに終わっています。明日をも知れぬ状況なら「いま、ここ」を最大限に効率化して生き残ろうとする戦略が当然出てきます。歴史を振り返って学んだり、精緻な理論を構築したり、感情の深みを丁寧に掘り下げるようなことに時間とエネルギーを使うより、まず表層をから見栄え良く塗り固めて立派に整え、目の前の問題解決に向けて最短距離で役立つ(であろう)メソッドを、はやく!楽に!簡単に!求める流れはどんどん進んでいるように見えます。

「あなたも3日間で治療者に!」とは、わたしはいまでも口が裂けても言えないです。でも、たまたま自分は丁寧にたくさんの時間をかけて何かを学んだり、たくさんのエネルギーを使って何かを習得できる幸運に恵まれてきたので、なにかどこかに還元できたらいいなと本格的に考え始めたのは木星期に入ってから(つまり45を超えました)です。先行きのまったくわからない厳しい世の中で「いま、ここ」をサバイバルすることはまず大事ですし、しかしそれだけでは収まりきらないさまざまな事情や思いへの想像力も大切にできればとおもいます。

とか言ってると「なに優等生みたいな生ぬるいコトほざいてるんだよ。このBBA!」と、昔の自分にダメ出しされそうですが、いいのです。白黒つけないグレーなBBAとして生きていきます。にんげんだもの(天海玉紀)