2016/02/10 きれいはきたない。きたないはきれい。

ここのところますます加速する、目が回るあわただしさと忙しさはいったいなんなんだ?!とおもったら、なんとまぁ今宵(正確には11日朝)満月でございます。最近のホットなテーマは、たいていもれなく活動宮がらみのみなさまによるもので、出口の見えないぐるぐる柔軟宮シフトの時期とは明らかに雰囲気が違ってきたと感じます。それにしても今回の満月は、半影月食を伴う非常にパワフルな配置です。

昨日maruさんのお店日記では「吉凶」についてのお話がありました。→★ 鑑定の中で、例えば「今年は変化の多い年です」とか「来年以降の切り替えに備える準備の年です」などと申し上げると「それはいったい良いんですか?悪いんですか?」とご質問をいただくことがときどきあります。そのときは「ではまず、あなたにとっての”良い”とはどういう状態かを確認させてくださいね」といったお返事をしております。たいへん理屈っぽくて申し訳ないですね。でもこれだいじなことです。

昔ながらの東洋占の発想だったら「お金、物質的な豊かさ、子宝に恵まれて、安定繁栄と子孫繁栄」が至高の目的であり「望ましい」「良い」ことですので、「安定して増える、続く」という状態が「良い」とされ「波乱や変化」は「悪い」とされます。算命学では「星に貴賎なし」とは言いますが、解釈を勉強していくとその中には伝統的な八字(子平・四柱推命)の吉凶の意味が隠れています。昔ながらの「吉凶」としてざっくり分けてみますが、いちおう現代的な解釈としての良い面、悪い面を辛口で両方書きます。

<吉>(カッコ内は算命学での名称)
食神(鳳閣星)一生食べるに困らない、俯瞰で見る大らかさ/怠惰で向上心欠ける
正財(司禄星)安定と蓄財、家庭を堅実に守る/ケチで心配性で猜疑心が強い
正官(牽牛星)自分を律する有能さ、地位と名誉/他者を容認せず、厳しく冷酷
正印(玉堂星)古来からの伝統を引き継ぐ/身びいきで口ばかりの評論家的

<凶>(カッコ内は算命学での名称)
比肩(貫索星)我が強く協調性がない。のろい/マイペースでブレない安定感
劫財(石門星)外面が良く、身内を大切にしない/感じ良く人と接する社交性
傷官(調舒星)社会の本流に反逆する、破壊的/本質を見抜く目、情感と芸術性
偏財(禄存星)欲張りでお金と愛情を過剰に求める/鷹揚で華やかな人気運
偏官(車騎星)後先考えずに衝動的に行動する/正義感あふれるハードワーカー
偏印(龍高星)放浪する根無し草、アイデア倒れ/破壊と創造、自由な革新性

全体的に眺めてみると「我を抑えて集団に適応して、自分の味方(一族)だけを大切にする」資質が、伝統的に「良い」として重んじられていたことがよくわかりますし、現代でも社会通念上の「良い」は、そんなに大きく変わっていませんね。とはいえ、もともとご自身が生まれながらにどちらの気質が強いか、を知っておくことは大切です。たいていは両方お持ちですが、どちらかだけに偏っている場合もありますし、どちらを好んで望むか、という問題もあります。もともとダイナミックで波乱万丈な<凶>型の気質が強いのに、安定した<吉>型の人生を求めてもうまくはまらない、という例はたくさんあります。

例えば、私は<凶>グループの気質を強く持って生まれてきています。(冒頭のmaruさんも似たような系統ですね)世間様からすれば、結婚もせず子供も持たず、ひとり自営で、占いみたいな大きな声で人様に言いにくいような職業についている状態は、とてもじゃないですが「良い」とは言い難いでしょう。しかしたいへんありがたいことに、現代の都会ではそのことを人から面と向かって誹られたり蔑まれることもほとんどありませんし、少なくともわたしは自分が<凶>だからこそ持っている素質を生かして生きているつもりですし、それはそれでスリリングで充実した日々を送っております。いまさらもうないものねだりをして、甘ったれているようなお年頃でもありませんし、自分では「これでいいのだ=良い」のです。

どこかで占いでみてもらうときや、ご自分が占いを学ぶにあたっては、単に「吉凶」に一喜一憂するのではもったいないです。ご自分なりの「良い」「悪い」についていちどはっきり向き合って、ご自身が世界をみて判断している尺度、ご自身にとっての「吉凶」の問題について考えてみてはいかがでしょうか。愛は毒にもなりますし、毒は薬にもなりますし、栄華は必ず終わるし、どん底もいつまでも続かない。「きれいはきたない。きたないはきれい」と言われるように、ものごとはすべて裏表一体で、できています。(天海玉紀)

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