2016/11/11 三従七去

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「三従」という言葉をご存知ですか? 古代中国から伝わる儒教の言葉で、女性は「幼にしては父兄に従い,嫁しては夫に従い,夫死しては (老いては) 子に従う」ことが良しとされ、つまり家庭のなかにおける女性の従属性を表します。

ちなみに、妻を離縁する理由としての「七去」というのもあります。(以下、wikiよりコピー)

舅に従わない(義父母に従わない、家訓に背く)
無子(子供ができない。ただし、妾に子供がある場合はその限りでない。また子がなくても良妻であり義父母に気に入られ、良く仕えているならその限りではないともされている)
淫乱(浮気、姦通など)
嫉妬(家族を恨み、怒る場合)
悪疾(家族に伝染するような疾患に罹患した場合。病気がちなのは理由とはならない)
多言(男のようによく喋り、家の方針についてあれこれ口を挟む)
窃盗(家の財産の使い込み、勝手な金銭の使用や持ち出し)

へええーーー。そりゃもちろんダメだ、というのもありますけど、現代人としてはいろいろツッコミどころ満載ですね。こうした教えの数々は、個人ではなく、家単位、家系の存続と繁栄を最優先させる文化の産物です。

特にご家族鑑定の場面などでご高齢の方の話題になると、現代なら家庭より社会で大活躍されたとお見受けするような女性が、その時代の世の中や文化の要請どおり、婚家や夫に従い、良き母・良き妻として忍従の人生を生きてこられたであろうストーリーを伺うことも多々あり、複雑な気持ちになります。

もちろん現代でも、地域によってはまだまだそのような風習や文化が色濃く残っていることと想像しますが、いちおう現代の日本では、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」ものです。親のいいなりで会ったこともない相手と結婚させられて、持参金が少なくて殺されるとか、それはたぶんない。それはとにかくなによりも、本当にありがたいことです。

いまわたしたちが享受している状態は、もともとあった当たり前の権利や自由ではなかったのです。少なくともここ東京に住んでいる限りは、わたしのように40代独身(婚歴なし・子供なし)ポジションであっても、特にまわりの人たちに謗られたり訝かられたりすることもありません。(わたしが鈍感で感じてないだけかもしれませんけど!)歴史と世界を考えれば、それはほんとうに自由で、ありがたいことです。さらに異性婚だけに限らず、LGBTの運動なども近年では広く知られてきているのは周知のとおりです。

歴史を振り返れば、現代の「恋愛結婚」の歴史はとても浅いものです。確かに自由は素晴らしい。恋愛は自由だ。でも、自由は時に孤独で辛いものです。(だが、それがいい…という人だけ、共に歩もう)そして、豊かで変わらぬ安定を維持することも、自由で居続けることにも、同じようにそれぞれの努力や才能が必要です。

みんなが黙って決まった同じレールに乗れば、それで安心安全で大丈夫!という時代ではすでにありません。仕事、家庭、子育て、介護、ライフワークバランスといったテーマが、多くの女性に過重な負担を強い、さまざまな立場の女性たちに葛藤や不安を呼び起こす原因となっていることは間違いないでしょう。「すべての女性が輝く社会」とか簡単に言うけど、結局は女性の負担が増えるばかりでしょう?それってどうなの?!と感じてる人は少なくないはずです。

結婚するなら紹介上等!お見合い上等、別に無理して恋愛しなくてもよくね?と考えるわたしは、常々「恋愛→結婚コースは、そういった才能と運に恵まれた人たちの贅沢品。そうでなかったら他の手段を考えましょう!」「無理して続ける必要はありません。ここは現代だ。女性も自由があるけど、もれなく自己責任もついてきてしんどいですよね」などなどと、ふだんから鑑定の場ではっきり申し上げております。

 

ちなみに今日、11月11日は、中国では「光棍節」民間のお祭りの日だそうです。中国語で「光棍」は「樹皮を剥いて作られた棍棒」を意味し、後世に樹木の子孫を残せない「独身者」を表すそうでして、ああ…それはなんというか、そのものズバリで実に中国らしい発想だ。。。女性の独身者が多いなら、もちろん男性の独身者もいらっしゃるわけですから、パートナーシップを本気で考えてみたい方で、ご希望あらばぜひどうぞ。変幻自在&百戦錬磨のあんこ&たまきコンビでお待ちしております☆(天海玉紀)


今の時代、ぶっちゃけ一流企業に就職しようが、人が羨む結婚をしようとも、一生の安泰は約束されないでしょう。自分が恵まれて育ったからといって、または恵まれなかったからといって、自分の子供に自分のおもいどおりの理想的な環境を与えるのは難しいかもしれません。強い制限や規則は強制を強いる代わりに、強固な保護でもありました。(ああ土星マターだ…)グローバルな自由と保守反動はつねに綱引きしつづけるでしょう。(冥王星は長い時間をかけて、射手→山羊→水瓶と移動していきます)

大きな話をすれば、様々な場面で、すでにただ個人の生き方のみだけでなく、この世界をどのように生きていくのか、それぞれが問われている時代です。自分にとってなにが大切で、なにが幸せかは、それぞれに異なってもいい、そうした寛容さやさまざまなあり方を許す姿勢を保とうとすることが、現代社会の挑戦であり恵みと思います。

(アメリカの大統領選のことを考えながら、今日のお店日記を書きました。ということで、硬派テイストです。以上)