2016/01/08 ハジメルチカラ・ツヅケルチカラ・オワルチカラ

例えば、算命学の命式の読み方を覚えるときに「東の星は、社会運。適職や恋人を表す」「西の星は、プライベート運。家族や配偶者を表す」みたいに、丸暗記!して頑張るまじめなみなさまが多いかもしれません。そんなときに、こんな風に考えてみたらどうでしょうか?

「日が昇るのは東から。つまり、東=はじまり。朝日だからフレッシュで元気がある。これから明るくなって、みんなが外で活動する時間 → スタートのとき、社会」
「日が沈むのは西から。つまり、西=おわり。夕日だからあとは沈んで暗くなるだけ。みんな家に帰って、ご飯を食べたり休む時間 → 手仕舞いのとき、家」

となると、寅とか卯(木気=東に属する)は何かを始めるエネルギーが強そうだ、とか。申とか酉(金気=西に属する)は何かをまとめて終わらせるエネルギーが強そうだ、とか。そうやってひとつずついろんなことをつないで覚えていくこともできます。

ものすごい分量をばしっと暗記して、よどみなくすっきりはっきりなんでもこなせるような人々をはるか見上げては、偉いなー。すごいなー。わたしにはとても無理だわー。と、子供のころから思っていたのが、何を隠そうワタクシ。手抜き魔人たまきでございます(爆 なにせ「いかに最小限の労力で、最大限の効果を狙うか!」というテーマに、いつも萌えるのです。

しかし、いまさらながらに思います。その「最小限」は、ぼんやり空を見上げて「引き寄せ〜!」と願うだけだったり、ただ寝っ転がってだらだらしててもまるっきりダメなのであります。(体験者は語る。きっぱり)ものごとの初動には結構な労力が要るので、そこらへんがなにごとも頑張りどころであります。

さらに夢のないことを言えば、始めたはいいけど、実はいちばん大変なのは、淡々と同じペースで、常に一定以上のクオリティを保ちつつ、古臭くならず、そのまま続けていくことなんだよね〜ははは。と思います。でも、なにしろ始めなければ続けていくこともできませんからね。ええ。さらにいえば、ある程度きちんと育ったものを、終わらせていくのもこれまた大変だったりするわけで。まぁでも、始めなければ終わることもありませんからね。ええ。

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元旦・初日の出だからといって、うーん… どうせ行くなら、やっぱり冬至とか、春分とか、そういう特別な日の出を拝みたいんだよね… と心の中でぼやぼや言い訳百万回言いつつも、やっぱりミーハー心と好奇心には勝てず、今年も初日の出。世の中の人がたくさん集まって喜ぶところには、いい気が流れるのだ!と自らいいきかせつつ、行ってきました。→★

昨年は富士山から昇るダイヤモンド富士の荘厳さに震えたのですが →★(ものすごく寒かったし!)、年末はよれよれですでに疲労困憊。もうちょっと寒くないところを… 楽に行きたいんだよ…でも、大混雑は嫌なんだよ…とか、大晦日の午後になってからあちこち探して算段して… なんとか拝んできました。大洗の初日の出。いかにも王道メジャーすぎるだろー…と思っていたけど、想像以上にとてもよかったです。行ってよかった!

日の出前は、いちばん寒くて暗い。ちょうどいまは丑の月。これからやってくる大寒の時期のように、春が来る直前がいちばん寒くて暗いです。だからこそ、日が昇って、世界が明るくなって、あたりいちめんに暖かさが広がるときの感動がひとしおなのでしょう。どの季節も、始まって、盛り上がって、沈んで、また消えていく。(天海玉紀)