2015/07/14 クライド・トンボーと冥王星

日本時間の本日20時50分頃、アメリカNASAの無人探査機「ニューホライズンズ」が、冥王星に最接近するそうです。2006年1月19日に打ち上げられ、30億キロを9年以上かかって冥王星まで約1万2500kmの地点を通過、とのこと。なんともスケールの大きなお話ですね… さらに、冥王星の発見者である天文学者、クライド・トンボー氏の遺灰の一部がこの無人探査機に搭載されているというから、なんともおどろきです。トンボー氏もさぞや喜んでいることでしょう。

となってくると、トンボー氏のバースチャート が気になります。冥王星の影響を強く受けたチャートなのでは?と想像が膨らみます。略歴を調べてみると「高校時代に家業の農園が雹(ひょう)で壊滅し、大学進学をあきらめる→独学で学び続け、天体望遠鏡を自作して研究→天文台に力量を認められて雇用される→根気強く観察を続け、1930年に冥王星を発見」ですって。おおお。いかにも死と再生、的な冥王星の香り漂う半生であるように思えます。

わくわくしながら、トンボー氏のバースチャートを開きます。(1906年2月4日生)水瓶に太陽・水星・金星。当時まだ発見されていなかった冥王星は双子にあって、水瓶の天体とオーブ広め&サインでトライン。(発見されていない天体は意味をもたない、というツッコミあるとおもいますが、ここはやはり「冥王星」のありかにこだわります!)もし遅い時間帯に生まれているなら、双子の月と冥王星が合、です。やっぱり…というべきか。トンボー氏、なにがあっても決してあきらめずに、はるかかなたを見つめつづけて、ついにはそこまでたどり着いてしまう握力の強さ、さすがの冥王星力!と感嘆するばかりです。

トンボー氏は1997年に90才で亡くなったそうですが、冥王星の公転周期は248年。冥王星が一周めぐる期間をすべて体験しきることは(いまのところ)誰にも不可能です。ちなみに英語名のPlutoを和名「冥王星」と命名したのは文学者の野尻抱影氏でした。(もうひとつの案は「幽王星」だったそうです。ちなみに野尻氏はロマンあふれる海王星型のチャートの人) 冥王星の外側の世界まで探査機は行くのかな。さらに送られてくる新しいデータからわかるあれこれをたのしみにしながらも、個人としてのニンゲンをはるかに超えた時間や距離にくらくらとめまいがするのも、また一興でございます。(天海玉紀)